全人類の国家
ソ連邦共産党は、1961年の22回党大会で、ソ連邦は社会主義国家がら全人民の国家に転化したとしました。それによれば、ソ連社会では搾取階級が根絶され労働者と農民の友好的な二階線から構成されるに至ったために、搾取階級の反抗の抑圧といいうプロレタリアート独裁の機能は消滅し、社会主義国家の主な機能は経済的、組織的機能と文化的。教育的機能の面で全面的に開花発展し、社会主義国家はプロレタリアート独裁の国家から全人民の国家、全人民の利益と意志を代表する機関に変わった。そしてこの全人民の組機としての国家が、共産主義の完全な勝利に対応する国家の死滅を準備する、とされました。これに対して、中国共産党は共産主義社会の高い段階にいたるまでの過渡期、すなわち社会主義の国家は、プロレタリアート独我でしかありえず、非階級的・超階級的な全人民の国家をいうのは誤りであると批判していました。
集団指導制とは共産党及び社会主義国家の指薄原則のことで、スターリン時代の長い期間、集団指導の原則が侵害され、個人崇拝が行なわれていましたが、スターリンの死後、党、国家指導の主要原則として集団指導制が復活されました。これは一切の重要な原則間題の決定を関係指導員の会議により行なうことでした。しかし、その際に間題をあらかじめ深く研究し、党内外の大衆の意見と知恵を集中的に動員し、これを基礎にして全面的討論をするという3つの条件が備わらなければ、正しい集団指導にはなりません。しかし、集団指導制はそれぞれ適宜の間題については、個人にその指導を分担させ、個人の責任制をとることを排除するものではありませんでした。

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